ルワンダ大量虐殺その後10年
その後、この大量虐殺を仕組んだフツ族や、殺害に関わったもののほとんどはザイール(現コンゴ民主共和国)など国外へと逃亡したのだそうです。また、この大虐殺の間、300万人が他の国へ逃れたことで世界最悪の難民危機が起きたのだそうです。

私達がルワンダに滞在中、タクシーの運転手さんと話していて、今ルワンダにいる人の多くは大虐殺の間、難民としてウガンダ等へ避難していて、その後ルワンダにもどってきた人たちだと話していました

街でピンクのつなぎを着ているグループをみかけたのですが、これは大虐殺に荷担した一般市民約8万人で、刑務所で裁判を待っているのだそうです 10年経った今でもこの裁判が終っておらず(ガチャチャと呼ばれる民衆裁判)、毎週日曜日の午後はこの裁判が行われるため、全ての店や交通などストップしていました。家族や友人知人を殺された人が裁判に参加しているのでしょう。まだ終っていないのです。


最初に首都キガリに到着したときの印象どうり、街には新しいビルが立ち並び、道路はきちんと整備されており、街灯や下水道事情もウガンダに比較したらとても整っているのです

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ホテルbeau sejourの近くのレストランからのキガリを眺めたところ

それは虐殺の3ヶ月間何にもしなかった国連の罪の意識、元々民族の人種差別という深刻なあってはならない問題を作り上げてしまったベルギーの罪の意識、虐殺中、なぜかフツ族に加担したフランスの間違った判断への罪の意識から、大量の復興事業へのお金が投げ込まれた結果なのです 

たくさんのフレンチ、イタリアンetcのレストランがありますが、もちろんお客さんは外国人ばかり、観光客ではなく、何かしら復興事業に関与している外国人達です

この10年間にルワンダは’外国’からのお金で復興した様子を見せています
それでも、街を歩く人々に生気がなくて、仮面をかぶった街のようで、
ウガンダの混沌の中でも成長する様子が感じられる様子と対称的に
ルワンダでは喉元が締め付けられるような苦しさが街全体に溢れていました

ルワンダ、植民地化から一気に腐敗、そしてジェノサイドという最悪のこれ以上にない最悪の結果になる前はきっと美しい国だったに違いありません
この美しい国を汚してしまったのはその国に住んでいたルワンダの人達ではなく、西洋から侵略した'外国人’達だったのかもしれません
その美しさを取り返そうと助けようと必死につぎ込まれている大量のお金もむなしくて
一日も早く、ルワンダの人々の目に光がもどってきますようにと無力の気持ちでルワンダからウガンダに引き上げました
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by ninotika | 2006-10-20 23:09 | TRAVELLING


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