アフリカについて考える
フランスに住むようになって1ヶ月ほど経ってここはパラダイスのようで
ついついアフリカのことについて書こうと思ってたことが後回しになってしまいました

私は高校で世界史をとらなかったので、世界史にとても弱いのです、さらに付け加えると、地理にも弱いのですが、それは置いておいても、渋谷女子高生と同じレベルかも。
3週間アフリカに行ってみて、アフリカの知識ゼロから少しだけ(0.01%くらい?)わかったことがあるのでなんちゃんのトラバに勇気づけられて書いておこうと思います

アフリカと一言でいっても巨大な大陸ですから、まず、アフリカのどこに行こうか、からはじまりました  おおまかに分けて大陸の上1/3は(北)エジプトとかリビアとかはアラブの影響とか地中海特有のイメージで、人も肌の色が黒くない。どうせならアフリカアフリカしているアフリカ大陸ど真ん中に行ってみたい。赤道直下の東アフリカか、西アフリカ。東は西と違って山が多く、標高が高く、乾燥しているので赤道直下なのに過ごしやすい気候ということだし、好きな映画Out of Africaとかの印象はケニアとかの東アフリカ。で、まず東アフリカにしぼりました。東アフリカガイド本にはケニア/タンザニア/ウガンダの比較が書いてありましたがどうもウガンダはあまり観光地として知られていないだけに物価が安く、安全で、イギリスのチャーチル首相も「アフリカの真珠」と褒めたたえたらしい (ただし現在もウガンダの北では内紛あり)。

行く前に1冊本を読みました。
ナイジェリア人であるチヌア アチェベという作家のthings fall apart (崩れ行く絆)。*アチェベは英語でのアフリカ文学の父と考えられている作家であり、世界的に賞賛される作家の一人でもある。1958年に発表した『崩れゆく絆』は世界で一千万部以上売れ、50以上の言語に訳され、ノルウェー、イギリス、米国、アフリカなどで小説100選の1つに選ばれた (wikipediaより)

アフリカのある村に住むある男の話なのですが、つい100年前までアフリカでの生活がどんな感じだったのか、アフリカの自然の中の暮らし、男と女の違い、子供達のこと、伝統、しきたりなどが書かれていて、この男の無骨不器用さがなんだか悲しいように心をつかむのです。私は日本の諺が好きなのですが、アフリカにもたくさんたくさん諺があって、それも楽しかった。そしてその土地にずっと伝わって来た伝統や習慣。例をあげれば双子は悪魔とされ、悪魔の森に捨てなければならなかったことなど、そしてそういった伝統があっと言う間に白人の侵略やキリスト教伝来によって無理矢理に変わって行った事。

アフリカのこの国には四季がない。当たり前だけど、1年中気温が変わらないのってすごい。当たり前かもしれないけど、自然が人間に影響するんだなあって思ったのです。日本のように四季にあわせてくるくると服をとりかえなくたっていいし、じめじめした夏にカビが生えてしまわないようにこまめに掃除したるする必要がない。北欧諸国のように、アリとキリギリスのように働いて蓄えるという考えは生まれてこない。自然が変わらないから人間も変わらないし、自然を変える事もできないし、変える必要もないしそのまま何年も何年も長い間そうやって生きて来ている、そんな印象でした。アフリカ人って(もちろん個人個人で違うだろうけど)、それでも全体的にかなり受動的なんです。「貧困」と言われているけれど、その貧困の村に生まれて育った若者はその村から去ろうとしないし、自分でビジネスをはじめるとか、他をすっぱ抜くとか、ビッグになってやるとかそういうメンタリティがないように思います。それはあまりに偉大で強力な自然に逆らおうとしたことがないからなんでしょうか。

白人、他の文化がやってきて、それがゆっくりと長い時間をかけて相手を探り合いながら交流して行ったのならよかったかもしれないのに、あまりにも急激過ぎたんだと思うのです。キリスト経はアフリカに根強く存在していた悪い習慣(前述の悪魔の森など)を一掃し、子供を教育し、よりよい生活ができるように貢献したのかもしれない(だから今や多くのアフリカンは敬虔なクリスチャンです)。それでも、無理矢理過ぎたのでは?と思ってしまう。どうしてそんなに急いだんだろう。どうして、そんなに権力主義なんだろう。その代償として、モスリムとの対立をはじめとした宗教戦争があり、それまで存在しなかった、バランスのとれていた社会をむちゃくちゃにしてしまったのかもしれません。

私たちの山のガイド達もそうだけど、街のいたるところに銃を持った男がガードマンとして働いていました。武器を売った側はいいけれど、そうやって銃の文化になってしまったアフリカは、ひとたび紛争が起こると、ただのけんかではなく、容易に殺し合いになってしまうのは想像に難くなく不必要なものが必要なものと同時にアフリカに流れ込んだんだなあって思います。

ウガンダでもルワンダでもかなりの数の政府援助(日本政府を含め)とNGO(政府が関与していない独立の組織)の援助活動を見ました。道路を整備する、下水道を整備する、電気の供給、もちろんAIDSへの取り組み、マラリアへの取り組みetc課題は山積みのようです。あるNGOの関係者と話していましたが、NGOが何に貢献できたのか、大きな目で見てみるとアフリカはまだ全然変わっていないと。それはアフリカの人間がまだ「受動的」な位置から変わっていないから。それは何が変わる必要があるのか、何を変える必要があるのか、時間をかけて見ていかなくてはいけないのかもしれません。
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by ninotika | 2006-10-27 02:38 | THINKING


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