カテゴリ:TRAVELLING ( 37 )
山を見上げる
どうしてか
山を見ると興奮するような体質に(いつのまにか)なりました
去年日本に帰った時も郊外までドライブに行って
山が見えて来た途端、「あ、山!山!」と大興奮

スコットランドにいたときの山の写真を眺めて
途端に懐かしくなりました
これは山というより丘レベルだけども
スコットランドの山ってね 丸いんです
世界中でも最も古い地形だから
その年月の間にゆっくりと丸くなったのです
それにこの空、この「暗さ」も懐かしい

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ここアヌシー、アルプス地帯にあるのでやはり山に囲まれているのですが
ライムストーン(石)の山で
かなりツンツンしています

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by ninotika | 2006-11-25 05:45 | TRAVELLING
セレブな湖
今日の夕方。
山が白くなったのと
夕焼けがきれいだったので

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アヌシー湖はヨーロッパで一番透明度が高い美しいセレブな湖です
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エキサイトでvideoができるようになったので
試しにアップしてみました


世界一はどこだろーと思ってググって見たら
田沢湖とか摩周湖とかの名前がでてきて
日本の湖もセレブなのだと気がつきました

湖を見るだけでどうして心が落ち着く感じがするんでしょうね
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by ninotika | 2006-11-25 01:17 | TRAVELLING
レマン湖周辺
今日はいい天気で
まだ秋を楽しめました

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レマン湖(ジュネーブ湖)の南、フランス側のYvoireという街で
これは柿を撮りたくて撮った写真(柿見えるかな?)

古い家って色とかも含めて自然にいつのまにか馴染んで行くから
素敵なのかもしれません
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エヴィアンのすぐ近く、Thonon-les-bainsで。
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by ninotika | 2006-11-19 05:52 | TRAVELLING
世界の中心(のようなところ)に行ってみた
ある意味、世界の中心都市である国際都市のジュネーブに行ってきました
目的は...

まず国連 United Nations

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厳重な警備の後ビジターとしてガイド付きツアーに参加
これは国連の古いほうの建物(きれい)

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これは古い建物だけでは足りないので追加された新しい建物
なんだか病院みたいな事務的な雰囲気

ツアーは1時間ほど、いろんな部屋や建物の中をみてまわるのですが
建物の色んなところに各国から国連へのプレゼントが陳列してあります
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例えばこの真ん中の地球儀のような焼き物は日本から
絨毯は中近東のどこかの国から(忘れた)
壁のレリーフはイギリスから
という具合

10月末という時期的なものもあるのかもしれませんがどこもかしこもがら〜んとしていて
「世界の国連」というその一大事という感じがしない(当たり前?)
私個人的にはあまり好きではない(眠くなる)カンファレンスを思い出して
大きなカンファレンス会場というだけでここで何かが起こるっていうエキサイティングな感じはなし

勝手にこんなこと言ってますが、なんとなく重みがないのは、いろんな国からプレゼントされたもの同士が部屋でミスマッチだからかもしれません 国連の立場としてはもらったものを飾らない訳にはいかないしねー いらないプレゼントをもらって困った気持ちになるのと一緒なんでしょうか? 夫はあの壁のレリーフはいいけど、日本の焼き物は趣味が悪いというし、私は日本の地球の焼き物、結構いいじゃないっていうし(笑) どうしよーもないです

「世界平和」っていうけれど、実際にはすごーく難しいことだろうなあと
言うのは簡単だけれど、それを国連レベルで話し合っていくことって大変だろうなあと
建物を見ただけで思ってしまいました


次は赤十字 red-cross croix-rouge本部

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連日オープンしている本部建物内の博物館に言ってきました
ちょうどカンボジアジェノサイドのエキシビションもやっていて、かなりパワフル

ここジュネーブ(スイス)での赤十字のはじまりからそして活動理念まで
ビジュアルに訴えたかなりよくできた博物館です
写真やビデオがたくさんあるので、医者としてのその職業観念をゆさぶられるような、かなりいい体験ができました
赤十字のようなこういった理念のはっきりしたNGO活動はほんとうの意味で実りのあるものだと確信させてくれるような感じ。

赤十字は例えば政府によるジェノサイド(虐殺)などが起きた場合、政府の政策を非難したりすることなく、目的が「負傷者を助けること」にしぼられているので国連や各国からの政府援助がなかなか現地に到達できない難しい状況でもうまく介入していること とっても賛同できます

そして最後にWHO

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うーん、こんな巨大な建物のなかで働きたくないなあ
(仮にオファーがあったとしても、の話)
....

早々に引き上げてジュネーブの旧市街をぶらぶらと。
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パリのような大都会の雰囲気っていい...
建物もゴージャスです
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やっぱり仕事のオファーがあったのなら(ないけど)
こんな所に住んでみたいと思わずにはいられなかったのでした...
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by ninotika | 2006-11-18 03:40 | TRAVELLING
フランスのスキーリゾート
語学学校の友達の友達がフランス東南のティーニュというスキーリゾートに別荘を持っていて鍵を貸してくれたので行ってきました

ティーニュ Tignesは標高2000m超えにあるので、すぐのところからリフトが発車しています 
街はスキーリゾートとして開発されたモダンな感じ

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ここは3000m標高で夏でもスキーが出来るらしい
というのも、氷河が一年中溶けないので氷河が滑走路になっているから

とっても広くって長さ20km、高低差750m、面積130ヘクタールを誇るヨーロッパ最大のコース。オリンピック級の選手は夏はこういうところでトレーニングしているのですね
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氷河の割れ目のサインも。
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眺めがすごい...
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モンブラン(奥の白い山)もしっかり見えました

友達の友達の別荘の一室
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そして...
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もう10年くらいスキーしていない...
張り切ってゼブラ柄の耳バンドをKillyのお店で購入。

こんなの買ってしまったのでスキーウエアは黒しか合わなさそうです
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by ninotika | 2006-11-11 03:56 | TRAVELLING
温泉とかいろいろあった一日
天気があまりにも良いのでドライブ

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アヌシーからエヴィアン方面に向かってLa Roche sur Foronというヨーロッパで最初に電気がついたという(なぜかは不明)古い街へ


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La Roche sur Foronで
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もうルーチンになってきた今日のフランスのパン屋さん これはクルミのはいったpain aux noix

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カヌレ、一時日本で流行りましたね 好物です


モンブランMt Blanc、シャモニChamonix方面に向かってはしっていくと
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サンジョベレバンSt Gervais les Bainsで温泉をみつけました!
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この温泉のHPはこちら

建物の中に入ってみると肌によいお水で皮膚病にもよいと有名なところらしく
その場でつたないフランス語でいろいろ相談して、とりあえず、リラクシングバス15分Relaxing bath Vasque du lac Blancというものを試してみる事にしました
(16.8ユーロ)

タオルとバスローブを渡されて個室で着替えバスローブを羽織ってサロンへ
サロンにはけっこうたくさんの老若男女がリラックスしていました
運転した後で眠かったので長椅子でうとうとしはじめたら夫に起こされます

「あのさ、みんなバスローブの下に水着着てるんだけど...」

「え!」(と周りを見渡してみる)
(確かにみんなバスローブの前をあんまりきっちりしめようとする努力がみられない)(よくみると水着の色が透けて見える気がする)
「水着着てませんってフランス語で何て言うの?」

「うーんわからないし、他のひとに聴こえるし!」

とパニックになっているところに
「ムッシュー!マダム!」
と担当の男の人がにっこりと迎えに来てしまいました

どきどきしながらついていくと個室に通され、
そこにはたっぷたっぷんにお湯のはった浴槽がありました

あーよかった 個室なのねー
やっぱり日本と違ってヨーロッパ人は共同風呂というアイデアはないに違いありません
お湯も一回一回取り替えて、つまりは家でお風呂にはいるのと同じ感覚

じゃあここが頭でこっちを向いてはいってくださいねーと説明され彼がドアを閉めて出て行ったのでほっとしてお風呂にはいりました

が...

...トントン!

えー? あー!

担当の彼、躊躇せずもどってきてこの浴室に入って来て
このお水は38度で、保湿効果が高くetc etcと説明をはじめ
私は裸の自分をどうしたらいいのか分からずに
隠すのも変だし? そのまま話を聞きました (だってさ仕方ない)

じゃあマッサージです
って言われたときにはえー!!!と思ったけど
彼はボタンのスイッチをさっと押して
楽しんでねーとでていきました あ。よかった。

15分つかった後は
やっぱり彼が時間ですよ滑らないようにねーとまたまた教えにきてくれました


恥ずかしかったし、15分で16.8ユーロは高いけれど
何年ぶりかの温泉! 
気持ちよかったしつるつるしたし
夫と笑いながら帰ってきました
説明のときにだって水着必要なんて言わなかったし。
担当の彼はびっくりした顔見せなかったけど、ほんとは可笑しかったかな
担当が女の人ならよかったのになあ

きっとフランス人が日本の温泉に行ったときには逆にびっくりすることだらけに違いない





a0008516_2443037.jpg Bonnevilleというところに大きなアジア食材店Chinese supermarketがあって、おしんこがどうしても食べたくなってこんな茄子の漬け物を買ってきました 
しかし...まずかった!
となりにおいてあったキュウリのQちゃんにしておけばよかったとものすごく後悔。
パッケージをよくよくみるとmade in Thailand...



 a0008516_247841.jpg とても親切に面倒をみてくれるホームステイ先の老夫婦にプレゼント 日本では菊ってひとにはあげられないけどこっちでは問題なし。菊好きのひと多し!



a0008516_2483892.jpg このまえ山でみつけたハート形の石を洗ってみた。ずっと探していたので、ちょっと嬉しい。探すとなかなかないものなんですよ。
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by ninotika | 2006-10-30 02:58 | TRAVELLING
ホテル・ルワンダ 日本公開を応援する会のブログ
映画、ホテル・ルワンダが日本で公開されるには
こんな苦労があったのですね
知らなかったなあ...

こちらこちら

代表のミズキ・ユータさんのウガンダとルワンダの日記 こちら は

’今でも、その新聞記事の切り抜きがあります。日付は94年5月。‘水を求めて’と題された記事。ルワンダ難民が大行列で水を抱えながら歩く写真と共に、ルワンダからタンザニアへと難民が溢れていることが伝えられています...’

とミズキ・ユータさんが15歳の時にルワンダのことを「知った」時のことから書かれていて、「えらいっ」て思っちゃいました

私はジェノサイド記念館でも気分が悪くなったので、映画みるの辛そうだなあ...
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by ninotika | 2006-10-21 05:20 | TRAVELLING
ルワンダ大量虐殺その後10年
その後、この大量虐殺を仕組んだフツ族や、殺害に関わったもののほとんどはザイール(現コンゴ民主共和国)など国外へと逃亡したのだそうです。また、この大虐殺の間、300万人が他の国へ逃れたことで世界最悪の難民危機が起きたのだそうです。

私達がルワンダに滞在中、タクシーの運転手さんと話していて、今ルワンダにいる人の多くは大虐殺の間、難民としてウガンダ等へ避難していて、その後ルワンダにもどってきた人たちだと話していました

街でピンクのつなぎを着ているグループをみかけたのですが、これは大虐殺に荷担した一般市民約8万人で、刑務所で裁判を待っているのだそうです 10年経った今でもこの裁判が終っておらず(ガチャチャと呼ばれる民衆裁判)、毎週日曜日の午後はこの裁判が行われるため、全ての店や交通などストップしていました。家族や友人知人を殺された人が裁判に参加しているのでしょう。まだ終っていないのです。


最初に首都キガリに到着したときの印象どうり、街には新しいビルが立ち並び、道路はきちんと整備されており、街灯や下水道事情もウガンダに比較したらとても整っているのです

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ホテルbeau sejourの近くのレストランからのキガリを眺めたところ

それは虐殺の3ヶ月間何にもしなかった国連の罪の意識、元々民族の人種差別という深刻なあってはならない問題を作り上げてしまったベルギーの罪の意識、虐殺中、なぜかフツ族に加担したフランスの間違った判断への罪の意識から、大量の復興事業へのお金が投げ込まれた結果なのです 

たくさんのフレンチ、イタリアンetcのレストランがありますが、もちろんお客さんは外国人ばかり、観光客ではなく、何かしら復興事業に関与している外国人達です

この10年間にルワンダは’外国’からのお金で復興した様子を見せています
それでも、街を歩く人々に生気がなくて、仮面をかぶった街のようで、
ウガンダの混沌の中でも成長する様子が感じられる様子と対称的に
ルワンダでは喉元が締め付けられるような苦しさが街全体に溢れていました

ルワンダ、植民地化から一気に腐敗、そしてジェノサイドという最悪のこれ以上にない最悪の結果になる前はきっと美しい国だったに違いありません
この美しい国を汚してしまったのはその国に住んでいたルワンダの人達ではなく、西洋から侵略した'外国人’達だったのかもしれません
その美しさを取り返そうと助けようと必死につぎ込まれている大量のお金もむなしくて
一日も早く、ルワンダの人々の目に光がもどってきますようにと無力の気持ちでルワンダからウガンダに引き上げました
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by ninotika | 2006-10-20 23:09 | TRAVELLING
ルワンダのgenocide(ジェノサイド)
ジェノサイドgenocideという意味はsuicide(自殺)から考えればgeno、つまり民族、その民族に属する全てのひとを大量虐殺するという意味で、ヒトラーがユダヤ人という民族をすべて虐殺しようとしたことが一番分かりやすいかもしれません

ここルワンダのジェノサイド博物館に行くと、まず、この建物の周りに作られたいくつもの巨大な巨大なお墓が目に入ります、200.000人にも達する人が埋蔵されていて、ガイドさんの話によると、今でも川岸などで虐殺された白骨が見つかり、このお墓に埋められるのだそうです

中に入ると、順序立ててこのジェノサイドが起こるまでの話を写真やビデオなどとても分かりやすく、そして、ある意味、かなりショッキングに説明されています
覚えていることと、ホテルルワンダのHistoryページから抜粋を合わせて簡単に書きます



第一次世界大戦後ルワンダはベルギーの植民地になる

     ↓

ベルギーはそれまでルワンダには存在していなかったのに、主に「ツチ族」「フツ族」という2種類の民族を容姿の差から分類し、IDカードを発行する。
IDカードにはフツ族ツチ族と明記されており、ヨーロッパ人に近い容姿のツチ族を経済的にも教育的にも優遇。

*ここから「ツチ族」「フツ族」の人種差別の考えがうまれたのです、ルワンダの民族間の争いは何百もの部族がもともと長い間存在するアフリカ諸国と違って、これはベルギーによって”作られた”人種差別なのです

     ↓

時代の流れで(国連)、植民地は独立をうながされ、ルワンダはベルギーから独立するが、その際にベルギーに優遇されていたツチ族が政権を失い、フツ族が政権をにぎる。


     ↓

フツ族のハビャリマナ将軍が1973年に軍事クーデターを起こして大統領に就任

*民主的に選ばれた大統領でないわけです だからこの将軍のもとでルワンダに腐敗がはびこった

     ↓

1990年、ルワンダ国外に亡命していた主にツチ族中心のグループがルワンダ愛国戦線(RPF)を結成、ウガンダ側からルワンダに侵攻して内戦が勃発

*最終的にこのRPFがジェノサイドを鎮圧させ、現在のルワンダ政府はRPFのメンバーが大統領になっています

     ↓

ハビャリマナ大統領RPFと和平への話し合いを始めるが、1994年4月6日、ハビャリマナ大統領を乗せた飛行機は撃墜される

*この暗殺は誰によるものだったかいまだにわからないそうですが、和平の話し合いをはじめた大統領のことをよく思わなかったフツ族によるものだったという説が有力

   ↓

同夜、あらかじめ計画されていたとうり

*それまでにもフツ族の政府は新聞などにいかにツチ族が無能であるか、e.g. 「ツチ族はごきぶりだ」、などどかき立てて市民の嫌悪感を長年にわたって煽ってきていた様子、新聞なども掲示されてありました

政権内のツチ族(および穏健派フツ族、あまり過激でない普通のフツ族)の高官たちの処刑が始まる。

   ↓

フツ族が国中でツチ族の殺戮を開始。3ヶ月もの間、阻むものがいない虐殺行為はルワンダ全土に恐ろしい勢いで広がっていった。

*恐ろしいのはツチ族を殺戮したのはフツ族の兵士だけでなかった、一般市民が一般市民を虐殺したことなんです 一般市民ですから武器は棒であるとか鈍器のことが多く、死ぬまで叩かれたり、繰り返しレイプされた挙げ句に殺されたり、自分の子供を殺せ、と命令されたり、ありとあらゆる拷問のような状況だったのだそうです 女性、子供も容赦なく殺された、というよりツチ族の子孫を残さないようにという目的でむしろターゲットになったようです
また普通のフツ族で、ツチ族を殺すのを止めようとしたり反対したりかくまったりするものもすべて殺されたのだそうです
ツチ族が逃げないように道路を閉鎖し、道に数えきれないほどの死体が転がっている写真があり、ショッキングでした
これほどまでに人間は悪になり得るのでしょうか、ビデオで生き残ったツチ族の女性が
世界の90%の人間が悪魔になったようだったと言っていました

   ↓

赤十字の概算では100万人が殺害されたにもかかわらず、国連は平和維持軍を2500人から270人に減らしてしまう。

*この3ヶ月に及んだ虐殺の間、国連は何にもしなかった。また、アフリカの、単なる部族間の小さな戦争だと、耳を貸さなかった、のだそうです。度重なる警告も無視。

   ↓

RPFが首都キガリを制圧したことで、1994年7月に大虐殺は終わりを告げた
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by ninotika | 2006-10-20 22:40 | TRAVELLING
ルワンダ
アフリカ旅行の中で、これだけはアップしておかなくちゃと思っているもの
ルワンダの話

エルゴン山からカンパラにもどってきて
今こそは湖のほとりでハンモック、ゆっくりたっぷり休む
はず...かと期待していたのに
夫はじゃあ次ルワンダへ行こうと。
(ルワンダはウガンダの南にある小さな国です)
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カンパラからバスで1日かけてルワンダへ向かいました
ルワンダの首都、キガリはたくさんの丘に囲まれた街でベルギー下植民地だったので
ルワンダ人はフレンチスピーカー
予約しておいた小さなホテルBeau sejourはガーデンホテルのような感じ
ブーゲンビリアが咲き乱れるきれいな庭にフレンチ風の部屋/バスルームで心地良いし
街の道路は整備されているし街灯もあるし
お風呂のお湯もたっぷりでるし
ウガンダと違う!ってちょっとおおはしゃぎしていたのですが

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何か違う。

観光客がいない...
ホテルの泊まっている他の客はどのひともNGO関係だし
ホテルには観光のためのインフォメーションが全くないし
観光案内所にいってもべらぼうに高いゴリラ見学ツアーの他何も無し。

それだけでなくて、
ルワンダ人てレストラン、ホテル、タクシーetcで接することがあっても
どこかおどおどしている感じがしてしょうがない

翌日、夫がいうのにはかの有名なホテルミルコリンズ(1000の丘のホテル、キガリがたくさんの丘に囲まれているので)に行ってみました

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このホテル、なぜ有名かというと、1994年のルワンダ民族大虐殺の時にジャーナリストが泊まっていたところでもあり、後に映画「ホテルルワンダ」が撮影されたから、ということらしい

私、この「ホテルルワンダ」という映画知らなかったのですが、日本では2006年1月まで公開されていなかったようですね この映画のウエブに説明されているように1994年にルワンダではジェノサイト100万人もの人が虐殺されるという信じがたい出来事が起こっています  
そう、でも、このジェノサイトについても私よく知らなかったのです

で、このショッキングな事実を、翌日キガリのジェノサイト博物館にいって見てきました
あまりにショッキングだったので、言葉にすることが難しいので、明日また書きます
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by ninotika | 2006-10-20 08:18 | TRAVELLING